ゆずみつサワー

今日も、お酒片手に更新中…

多ステのそのへん

(多ステ=多くのステージ=多くの公演に行くひと)

 

 

以前、友達に

「かおちゃん、今回もたくさん行くんでしょ?

 かおちゃんって多ステなイメージがある。」

と言われたことがある。

それを言われたときに、ものすごくショックを受けた。

 

私は多ステ者である。

「1ヶ所行ったら複数公演観て帰ってくる」

が自分の中での決まりだった。

「高い旅費かけて行くんだから、1公演なんてもったいない」

と言う貧乏性と、

「たくさん観たいじゃない!!」

と言う、願望と欲望が入り混じって多ステをしていた。

 

そんな自分に疑問を持ち始めた。

まず、多ステをしていると翌日も公演を観る、あるいは

夜の部も観るとあり、1公演1公演を大切にできていない

自分がいることに気づいた。

「明日も入るからいいや。」

そんな気持ちで、その日の公演で体力を温存していたりする

自分がいた。

 

そして、ふと思い浮かんだのが「何のためにたくさんの公演に

入っているのか。」と言う疑問。私の中に少なからずあったのは、

「まわりのひとと競い合うようにして数多く入っていた」と言う

劣等感や自慢したいような気持ち。「あのひとが○公演入るんだから、

私だって○公演入る」そんな気持ちに、満足感なんてひとときのもの

でしかなくて。「もっと!もっと!」と欲望が出てくるだけで。

 

もちろん公演自体はものすごく楽しかったし、楽しんでいたし、

そのような気持ちだけでいた訳ではないけれど、少なからずとも

そんな真っ黒な気持ちを持ち合わせいたのがすごくイヤだったのだ。

 

 

先日の、If or … Ⅶ 東京公演は私にとってチャレンジの公演だった。

地方の街から東京に飛び、観たのは1公演。

私にとっては、久しぶりのことである。1公演しか観ないで帰るのは

思い出そうとしても…もう何年もしていなかった。

 

千秋楽の日、私は東京にいた。

千秋楽公演がやっているであろう時間に、ちょうど会場を外から

観た。電車で通り過ぎただけのことだったけど、外観と

公演のパネルを観て胸が苦しくなった。

でも、これも自分の成長のため。

 

結果として、これはものすごく良い経験として自分の中に残りました。

1公演しか無かったことで、いつものように心の余裕は無かったし、

その公演を思う存分楽しめました。逃すまい!としている自分が

なんだか嬉しかった。

 

コンサートに参加している(を観ている)訳ではない。

座って舞台を観ているだけなのだけど、終演後にはものすごく疲労していた。

「燃え尽きた。」と思わずつぶやいてしまうほどに。

同時に自分の中にあったのは、満足感と充実感でした。

 

 

「多ステは私には合わない」と気づきました。

少なからずとも、「ひとと張り合うようにして入るような感情の

多ステは私には合わない」と。

 

 

私のことをずっと見守ってくれている友人には、

「ちょっとずつ公演数減らして行けばいいんじゃないの?」

とアドバイスをもらった。どうなるかは、わからない。

 

 

だけど、真っ黒な感情のままに、ただただ劣等感や嫉妬や

自慢したい気持ちや、そんなものを抱えて突っ走っていた

欲望のトンネルから抜け出そうともがき始めれただけ良か

ったのかなと、うすらぼんやり思っている。

 

以前の私のように、まっすぐな気持ちで公演を観たい。

無くしてしまった、昔の気持ちを取り戻したいなぁと思っています。